市の職員から見た生活保護

去る2013年2月15日に、千葉市の職員として25年間生活保護に携わった経験をもつ、坂下さんのお話を伺いました。

●当時の千葉市の生活保護
 ケースワーカー(生活保護を受けている人に対して様々な働きかけをする職員※この説明は私のインターネット調べ)として働いていた当時からとにかく人手が足りなかったそうです。研修に割く時間も人手も足らず、市の職員は研修なしで即日投入され、3年間働いたらそのまま逃げるように次の部署へ。それでも当時は、人員の補填はしてくれたそうですが、とにかく大変で、あまり人が長く勤めたいと考えるところではなかったようです。ケースワーカーとして働く職員に対して担当する生活保護の世帯は80世帯(実際はそれ以上)。当然各世帯の事情は様々で複雑なことも多く、ひと月では回りきれないこともあり、毎月・3か月・6か月とランク分けをして訪問していたそうです。そして7年ケースワーカーを勤めた後、係長としてケースワーカーを8人くらいの単位で面倒を見たそうです。

●生活保護で働かないでパチンコか、盗みで刑務所か
 外から見た私達からすると「働かないでいるとは何事だ。そんな奴は徹底的に更生させろ!」という見方をしてしまいます。しかし坂下さんは、「一生懸命私が更生させようとして出来たのは25年間で2人か3人」とのこと。「更生させようにも、解決することが困難な問題が多く、本当にどうしようもない人が多い。市の職員も、最初は何とかしてあげようと意気込んで入ってくるが、どう頑張ってもどうしようもないということで、燃え尽きてしまったりして、他部署への移動を希望して出て行くことになる。」
市の職員だった当時、父親が窃盗で刑務所に入っている生活保護世帯を担当したそうです。その父親は、刑務所から出てきても働かずにパチンコをしている。それなら生活保護を切れば働くだろうと思って切ったら、また盗みを働いて刑務所へ。坂下さんは、「計算したことはないですけど、刑務所の厳重な警備の人件費やら食事やらより、生活保護で暮らしを成り立たせてあげた方が、経費的にはかからないのじゃないでしょうか。それに盗まれたお金はたいてい戻ってきませんから。社会的に見れば、安全な社会を保つための必要経費という見方もあるのではないでしょうか。」と。

●全国と千葉市の生活保護の割合
 千葉市の生活保護を受けている人の割合は1.9%(前年度調べ。坂下さんが市に問い合わせ)だそうです。そして全国の割合は0.8%(坂下さんインターネット調べ。)千葉市での生活保護を受ける人の増加については貧困ビジネスで浮浪者を都心から連れてきて受けさせている施設の増加が影響しているのではないか、とお話しされました。

●日本の生活保護水準以下の人は保護を受けている人の約10倍
 先進諸国での生活保護の割合はなんと10%。日本とは桁が違います。しかし、日本で生活保護水準以下の生活をしている人は全人口に対して約10%いるという調査があるそうです。
今回の生活保護引き下げに、坂下さんは「引き下げるなら、何とか口実をつけて、受給申請をさせないようにしている見えない壁を取り去る努力も必要ではないか。」とのことでした。「健康な人も60兆も細胞があればそのうちいくつかおかしい細胞があったって不思議ではない。それと同じでこれだけ人がいっぱいいるんだから、何らかの細胞の異常で自立した生活ができない人達がいて当然で、要はそれを受け入れるか否かだ。」

●生活保護費の半分が医療費?!さらに医療費の半分は精神病院
最近のデータで確認したわけではないが、坂下さんの在職当時は次の通りですが、今もそんなに変わっていないのでは。国が支払う生活保護費の半分がなんと医療費。その医療費の半分が精神病院に関するものだそうです。だからといって、とりわけ無駄に医療費が使われているとは思えないとのことです。
生活保護の話題で盛り上がりましたが、「個人を責めて国が責任逃れをしているのではないか」と、坂下さん。「国が正社員を解雇しやすくしたから、こういう状況が生まれたのではないか」。確かにそうだと思いますし、何とかしないとこのままでは悪化する一方だと私は思いました。

●25年間に見たある生活保護家族の軌跡
 市の職員だった当時、ある生活保護の世帯にいったところ、林の中に掘っ立て小屋がありそこで親子5人が暮らしていたそうです。電気はありましたが、水道は無く田んぼのたまり水。父親はアルコール中毒、母親は精神薄弱。3人の子供がいたそうです。教育委員会の方から、小学校5年生の男の子と2年生の女の子が長期欠席で、どうしたら良いのかと相談があり、結局、こんな悲惨なところでは勉強も何もあったもんじゃないと、施設に上の子供2人をなんとか入れたそうですが、一番上の兄はなじめず帰ってきてしまったそうです。施設から帰ってきた子は、学校には行かず、社会に放り出され、何か犯罪を犯して刑務所に入っていて、刑期満了で釈放され、その後は母親の元に行ったそうですが、母親も精神薄弱で面倒を見きれず追い出され、どうしたかと言うと、母親の所からタクシーで市の中心部まで来て、そのタクシーの運転手と、降りて近くにいた女子高校生を刺して、現行犯として逮捕されました。その子は「行くところがない。人を刺せば刑務所へ戻れると思った」。とのこと。小学校2年生の女の子だけ養護施設に入所して、その子は何とか普通の人生を送ることができ、母親に多少の援助もしているそうです。その父親は、その子を手放すことに抵抗しましたが、何とか押し切って施設に入所させることが出来ましたが、教育委員会や学校や児童相談所との協議など、手間がかかり、更にどんな親で小さな子どもを親から取り上げて施設に入れることが、本当にその子の為なのか不安もありましたが、最初の正月に自宅に帰っても、正月が過ぎたら、さっさと施設にすぐ帰ったと聞いて、ほっとしたこともありました。保護を受けている人の一人一人を見つめて、その自立にはどうしたら良いかを考えることが必要ですが、普通ではとてもそこまで手が廻らないところでしょう。
 係長になった時、事務所の運営方針を立てるのですが、自立には、すぐその世帯全体が自立するのは難しくとも、せめて子どもには自立出来る能力をつけなければと、当時高校進学率は93%位でしたので、基本的に希望する子どもには、全日制の高校に進学させるようにと決めて、中学校に進学した子どもと親を全員呼び出して、出来るだけ将来の自立のために高校に進学するつもりで本人には勉強するように、親にも色々と困難(当時制度上では教育費については何も保護法上は援助はなかった)はあるが、できる限りの援助(世帯厚生資金等の活用)をするので、そのつもりになるように話したりしました。
その結果について特に確かめたことはありませんが、ある母子保護世帯の姉妹は、姉は働きながら資格をとり、准看護師に。妹は高校を卒業後、看護師の勉強をして看護師になったケースがありましたが、その後、あるとき偶然その妹と話をする機会があったそうです。無理に高校に行くようにしたが、働きながらでも資格をとって看護師になれたんじゃないか?と聞くと、妹は「いいえ、あのとき高校に行けたから、資格を取ることが出来たんです。高校を出たことが支えになりましたから」。と聞いて、ほっとした記憶があります。

●やはり貧困の連鎖を断ち切るには「教育」が必要
千葉ではありませんが元炭鉱で栄えたある地区では、町の2割が保護世帯。ある子どもに勉強をしないと就職できないと言うと、「生活保護を受けるから勉強はしなくていい」と言った、と言う笑い話まであったとか。
長年生活保護世帯を見てきた経験から、親はもうどうにもならないならせめて子供だけは、と坂下さん達は一念発起して奔走したそうです。
しかし、生活保護世帯では学費の確保が難しい状況でした。中学までは義務教育ですが、当時、高校へ行くのに入学金を払うのも至難の業。それに加えて、公立ではなく私立しか行けない成績の状況。勉強の習慣がない親や、勉強もままならない環境におかれている保護世帯の子供達は総じて成績が中の下以下だったそうです。
 坂下さんは、「私が戦争のあと何もないところでやっていけたのは親が学校に行かせてくれたからだ」と話しました。「それが心の支えになった。そのときの勉強は機械系であまり(何の?)役にもたたなかったけど、学校へ行ったということがなにより支えになっている」。「やはり貧困の連鎖を断ち切るには『教育』が必要です」。


●おわりに 治安の維持のためにも生活保護は必要
 今回のお話を聞いて、私の生活保護について幾つか誤解が解けました。「生活保護受けている人はどうしようもない人」という概念がありましたが、受給者の方の過酷な状況を聞いた後はとても私の認識が甘かったように思います。世の中には社会の支援が必要な人もいるんだ、と知りました。また自立できる人はそもそも保護を受けていないのかもしれません。生活ができず、安易に盗みや傷害をしてしまう人もいます。自立が難しい人を排除するのではなく、支えていくと言う姿勢も結果的に治安の維持には大切だと思います。

今回は2時間に渡りお話を伺いました。載せ切れなかったお話もあり、書き方でやや違ってしまった箇所もあるかと思います。その旨はご了承ください。
坂下さん、ありがとうございました。またお話を伺いたいと思います!

◎ちょこっと裏話 ヤクザも生活保護を学ぶ時代?!

 坂下さんのお話ではないのですが、一緒にお話を聞いた方のちょっと面白い話がいくつかありました。就職難の時代といわれていますが、なんと、「正社員になりたいから、アルバイトをやめて就活に専念するため生活保護を受ける」人がいるとか。それでも違法性がないため生活保護が通ってしまうのだそうです。同じ若者(?)としてもちょっと驚きです。その場にいたおじさま方は「職は探せばいくらでもある!やりたくないでは済まされない!」とおっしゃっていました。
 もうひとつ面白かったお話は、知り合いの福祉関係の研究をしている講師の方が、一桁も講師料の額が違う講演会を頼まれたそうです。深く考えずに行ってみたら、どうみてもヤクザの方にしか見えない人たちがいたそうです。「あのときは怖かった、ヤクザも生活保護を学ぶ時代になったのですね・・・」。貧困ビジネスの裏にはこういう方達がいるのでしょうか。なんとも恐ろしい話です。 


                                                    

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